2024-09-04

釉薬の定義と役割

釉薬(ゆうやく)とは、陶磁器の表面に施すガラス質のコーティング材料です。

焼成することで釉薬は溶け、陶磁器に美しい光沢や色を与え、保護機能や防水性を持たせます。釉薬は見た目の美しさと実用性を兼ね備えた重要な要素です。釉薬の役割は主に次の3つです。

1. 装飾効果:釉薬は陶磁器に美しい光沢や色を与え、デザインの幅を広げます。透明釉や色釉など様々な種類があり、作品を魅力的に仕上げます。

2. 保護効果:釉薬は陶磁器の表面を保護し、耐久性を高めます。これにより、陶磁器は傷や汚れに強くなり、長く使用できます。

3. 防水効果:釉薬は陶磁器に防水性を与え、水分を吸収しにくくします。衛生的で食品や飲料の容器としても安心して使用できます。
 

釉薬の種類

釉薬には様々な種類がありますが、代表的な4つをご紹介いたします。
 

透明釉

透明釉はその名の通り、透明な釉薬です。ツヤツヤした質感を持ち、素地の色や模様を活かしつつ光沢を加えます。多くの食器や装飾品に使われており、最もスタンダードな釉薬です。日本では日本陶料社の3号釉がよく使われています。石灰釉や白釉と呼ばれることもあります。
 

マット釉

マット釉は、光沢のない釉薬です。落ち着いた質感を持ち、シックでモダンな印象を与えます。マット釉は特に現代的なデザインの食器やインテリア用品に多く使用されます。

乳濁釉

乳濁釉は、白濁した見た目の釉薬です。素地を完全に覆い隠し、柔らかい白や淡い色調を実現します。乳濁釉は清潔感があり、やわらかい印象を与えます。

結晶釉

結晶釉は、焼成中に釉薬の中で結晶が生成される特殊な釉薬です。結晶が作り出す独特の模様が美しく、芸術作品や高級陶器で見られる事もあります。
 

釉薬の成分と製造方法

釉薬の成分

釉薬の基礎成分は3つでシリカ、アルミナ、この2つを溶かすための溶融剤から作ります。

-シリカ:ガラスの原料であり、珪石や長石から得られます。

-アルミナ:カオリンと呼ばれる粘土や水酸化アルミナから得られます。

-溶融剤:木の灰、石灰石、炭酸バリウム、炭酸ストロンチウム、炭酸リチウムから得られます。

これら3つの要素で質感を調整し、光沢のある透明釉やマット釉、失透釉などを作ります。
さらに色をつけるために金属酸化物やその他の添加物が加えられます。
 

釉薬の製造方法


調合した釉薬の原料をポットミルと呼ばれる機械に入れ、水とアルミナボールと一緒にすり潰します。すり潰す時間は原料の粒子の大きさやすり潰しやすさによって調整します。

テストピースの作成など少量だけ作成する場合は、乳鉢と乳棒に水を加えて手ですり潰すこともあります。
 

釉薬の塗り方

釉薬を陶磁器に塗布する方法は主に3つあります。

1. 浸し漬け(ひたしづけ):釉薬に陶器を浸す方法で最も一般的です。均一に塗布できるため、広く用いられています。

2. 吹付(ふきつけ):スプレーガンを使って釉薬を吹き付ける方法です。細かい調整が可能で、デリケートな作品に向いています。グラデーションや複雑な模様を作り出すことができます。

3. 刷毛塗り(はけぬり):刷毛を使って釉薬を塗る方法です。手作業のため、個々の作品に独特の風合いが出ます。伝統工芸やアート作品に多用されます。
 

日本における釉薬の発展

朝鮮半島から伝わった新しい製陶技術により、5世紀には高火度還元焔焼成の須恵器が誕生し、初期の釉薬が登場しました。
飛鳥・奈良時代(538~794年)には、中国や朝鮮半島から伝わった低火度鉛釉陶器の影響を受け、鮮やかな緑釉陶器や奈良三彩が作られるようになりました。

さらに、平安時代(794~1185年)の9世紀には、愛知県の猿投窯で人工的な釉薬を用いた高火度焼成の灰釉陶器の生産が始まりました。

鎌倉時代(1185-1333年)には、六古窯(せっこよう)と呼ばれる日本各地の主要な窯場が発展し、それぞれ独自の釉薬技術を磨いていきました。特に、瀬戸窯の技術は革新的で、多種多様な釉薬を開発し、日本の陶磁器産業の基盤を築きました。

室町時代(1336-1573年)から安土桃山時代(1573-1603年)にかけて、茶道の普及とともに茶陶が発展し、楽焼(らくやき)や織部焼(おりべやき)など、独特の釉薬技術を持つ陶器が生まれました。楽焼の黒釉や織部焼の緑釉は茶道具として高く評価され、現在でもその伝統が引き継がれています。

上記までの時代では、釉薬がかけられた陶磁器は高級品に限定されていました。
しかし、1610年代に有田焼の生産が始まると、有田焼の人気により釉薬を施した陶磁器が日本で一般的になりました。
 

釉薬の文化的意義

釉薬は単なる装飾技術にとどまらず、各時代や地域の文化や価値観を反映する重要な要素です。古代エジプトのファイアンス、唐代の三彩、平安時代の緑釉など、釉薬を通じて歴史や文化の変遷を感じ取ることができます。また、茶道や芸術作品における釉薬の使い方は、その美的価値や哲学を象徴するものであり、釉薬は人々の心に深い影響を与え続けています。

また、一方で、国宝「曜変天目(稲葉天目)」を代表とする過去の釉薬の全容が解明されていないものも数多くあります。これらの未解明の釉薬は、現代の陶芸家たちにとっても魅力的な研究対象となっています。

このように、釉薬の歴史と文化は非常に奥深く、多くの人々に愛され、受け継がれてきました。現代においても、その魅力は衰えることなく、新たな形で発展し続けています。
 

釉薬の注意点

釉薬を使う際にはいくつかの注意点があります。まず、釉薬には鉛などの有害物質が含まれる場合があります。特に食器に使用する場合は、安全性が確認された釉薬を使用することが重要です。また、釉薬の焼成には高温が必要であり、専門の窯が必要です。初心者の場合は、専門家の指導の下で作業を行うことをおすすめします。

なお、深海商店が扱う釉薬には特別に記述があるものを除き、すべて鉛は含まれておりませんのでご安心ください。
 

まとめ

釉薬とは、陶磁器に光沢や色彩を与えるためのガラス質のコーティング材料です。さまざまな種類や塗布方法があり、古くから多くの文化で使用されてきました。現代でもその美しさと機能性から、幅広い分野で利用されています。釉薬の世界に触れることで、陶磁器の奥深さと魅力を再発見できるでしょう。

深海商店では「釉薬づくり入門: 有田焼の老舗材料店に教わる調合例」という書籍を出版しています。この本では、約1600ものテストピースをフルカラーで掲載しています。さらに、基礎釉10種と着色剤6種を組み合わせた釉薬調合を250例公開し、磁器土・白土・赤土の3種類、酸化焼成と還元焼成で焼いた例も紹介しています。興味を持たれた方は、ぜひ一度、自分だけのオリジナル作品を作ってみてはいかがでしょうか。

この記事の執筆者

深海宗佑

佐賀県有田町出身。深海家13 代目。株式会社深海商店後継者。先祖は有田焼始祖の一人である百婆仙。熊本大学理学部理学科卒業後、東京の大手経営コンサルティング会社にて勤務。2021年8月に有田町にUターンし、有田焼及び肥前窯業圏の再興を使命に東奔西走する。